最近、大手新聞に「厚労省PSA検診は推奨しない」と掲載されました。前立腺癌で経過を見ている患者さんがその記事を見て“PSAはあてにならないのですね”と言い、検査を受けない事例もでてきており、かなり混乱しています。著者は厚労省研究班が示した前立腺癌検診のガイドラインの外部評価委員をしていることもあり、ここでは本ガイドラインの要約ならびに問題点等について簡単に触れ、検診の意義について触れさせていただきます。
PSA検診に対する疑義
最近、厚労省の研究班がPSA検診は推奨しないと公表しました。結論は「死亡率減少効果の有無を判断する証拠が不十分であるため、対策型検診(住民検診)として実施することは勧められない。任意型検診(ドック検診)として実施する場合には、効果が不十分であることと不利益について十分説明する必要がある。その説明に基づく、個人の判断による受診は妨げない。」というものであります。公の見解のため自治体でもPSA検診がなくなる可能性があります。ガイドライン自体は非常に理路整然と書かれているため、本結論には納得せざる得ない部分が多いです。このように誰もが有用と考えていたPSA検診に対して疑義が唱えられたわけでありますがその背景として幾つか考えられます。まず証拠のレベルが高い日本発の論文は殆どないことであります。検診の費用、組織検査の費用および癌発見後の治療の費用がかかるため、本邦においてPSA検診を普及させるのであれば、それ相当の証拠が必要であります。次に本邦における前立腺癌治療は、闇雲に治療を行っている状態(高コスト)が挙げられます。前立腺癌死亡率の高い欧米においても早期癌の約10%は無治療で経過観察されているのに対して、本邦において無治療経過観察を採用している泌尿器科医は非常に少ないです。早期に発見された癌の治療体系が確立されていないのに、検診を勧めるのは疑問であると考えるのは当然であります。
しかしながら問題点も幾つか浮き彫りになりました。まず早期前立腺癌自体は10-20年以上かけ徐々に進行する自然史を持つため、1990年前後から導入されたPSA検査が死亡率減少の効果を発揮するまで、まだまだ時間がかかるという点であります。胃がん、肺がん検診のように死亡率減少の効果が比較的短期間に判定できる癌種でも、最近になってようやく検診の効果が分かってきたことを考えれば、現時点で前立腺癌検診の妥当性を評価するのは、時期尚早であります。次に死亡率減少効果を証明すること自体が非常に困難なことであります。これを証明するためには、検査を受けていない対象群との比較が必須となります。PSA検査自体は採血だけですむ極めて簡便で安価な検査であるため、多くの中-高年者において任意に検査されており、対象群を設定することは困難と考えます。
今回出されたガイドラインは今後出てくるエビデンスにより結論を変更すると柔軟な対応を明記しており、10年後には結論は180度転換している可能性が高いと思われます。
PSA検診の意義
高齢者前立腺の20-50%に前立腺がんが存在すます。これらの多くは高分化・小病巣の潜在がんであり、増殖速度が遅いためほとんどが臨床がんに進展しませんが、一部が遺伝子変化を獲得し、増殖速度が比較的早くなり臨床がんになると想像されます。矢谷らによれば日本人の剖検結果から約0.5ml以上を超える潜在がんは2-4%であり、高齢者においては高頻度に比較的大きい潜在がんをもつことが理解できます。PSA検査はこの比較的大きい潜在がんを発見する事に寄与しています。それでは、これらの比較的大きい潜在がんがすべて臨床がんになり、生命を脅かすがんになるかというと、一部に過ぎません。日本人の前立腺がん罹患率、死亡率は1年間10万人あたりそれぞれ約10人および4人であるのに対し、有病率は2-4%(100人あたり2-4人)であり、このあまりにかけ離れた数字からも生命を脅かすがんになるのは一部に過ぎない事がわかります。したがってPSA検診で前立腺癌が発見されて利益が得られるのは、若年者(具体的には60歳代まで)、年齢に関係なく高悪性度の癌を有する群ということになります。逆にPSA検診により、見つける必要のない前立腺癌が見つかり、受ける必要のない治療を受ける患者も相当数存在すると考えられ、泌尿器医はこの事実を認識した上で、前立腺癌の診断と治療にあたる必要があります。